西垣林太郎のピンポンカラーなブログ
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00:00 05月21日   [月]
曲目

うっかりと曲目紹介をせずに弾いてしまい、今更ながらブログで。。。すみません。m_ _m
確かに紹介し難い曲目だったので、どうしようと考えながら他の話をしているうちに、演奏に入ってしまいました。
すべて16世紀イタリアレパートリーで時代の逆順です。つまり新しいもの順、何故かこの方がしっくり来るのです。


1.So be mi ch'ha bon tempo (知っているよ、誰が楽しい思いをしているかを)Orazio Vecchi / Angelo Gardano 

2.Aupres de Vous(あなたの側に) Claudin de Sermisy / Domenico Bianchini 

3.Recercare N.33 (リチャカーレ33番) Marco Dall'Aquila

4.Piva(ピーヴァ) Joan Ambrosio Dalza


1:コメディ・マドリガルという、オペラの成立にも影響を与えたと言われているスタイルの4部声楽のための名曲の、当時の出版社Gardanoからによるリュートソロ編曲。
2:ルネッサンス・シャンソンを代表するフランスの作曲家Sermisyの曲の、ほぼ同時代のイタリアのリュート奏者・作曲家のBianchiniによる編曲
3:16世紀イタリアリュート音楽聡明期を代表する一人のAquilaの曲。
4:Pivaはバグパイプ的な楽器のことで、フォークローレ的な舞曲スタイルの曲。Aquila同様、16世紀前半にPetrucciから曲集を出版した作曲家の一人。当時は作曲家も出版の仕事に携わるウェイトが大きかったのではとOttaviano Petrucci: Catalogue Raisonneで指摘されていて、現在のように「出版された」よりも「出版した」と言った方が実態に近いのかもしれないです。

使用楽器はクィンテルナ(Kiyond作)です。

3のAquilaは楽器を手元に置いて2週間頃に記録用に録音したものがあります。4曲とももう一度記録として録音し直す予定にしています。


02:41 05月15日   [火]
テレプレゼンス

地球の裏側とのテレプレゼンス(自分があたかも遠隔地にいるかのように感じられる技術)の将来性について書かれた文章を読んだのをきっかけに、自分なりにいくつか調べて纏めてみた。もっとも、その文章にはいくつもおかしい点があるように思えたので、自分で調べてみようと思った訳なのだが。通信の分野は正直なところ興味もなく、疎かったのだが、調べてみると色々と面白かった。調べていて感じたのは、この分野の研究は、ここ10年で色々と進展している一方で、過去の、ときには他分野の有効な研究を見落として、素人目にも時代遅れと感じる実験や考察によるレポートも散見された。

まず視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚という五感のうち、スカイプ技術でも対象になっている視覚、聴覚がまずはベースになる。最近いくつかの会社が「テレプレゼンス」と称した、スカイプの高性能版を出している。ただ、当然のことながらその他の3つの感覚も取り入れた技術も研究されているし、実用化されているものもあるようだ。

これは外科手術への応用記事

さて、この外科手術の記事にあるように、操作する人は患者と同室でも、別室でも、場合によっては別の建物でも良いことになっている。では、地球の裏側ではどうなのだろうか。この場合、問題になって来るのは遅延や同期の問題である。地球を半周するには光速でも約0.07秒、通信速度も光速を超えることはできない上に、経路や情報処理にかかる時間も必要なので、どれだけ少なく見積もっても片道0.1秒、いやもっと必要なのではないだろうか。では、この遅延が致命的かというと結局は用途次第なのではないだろうか。

例えば、ただ遠隔地のレクチャーを聞くだけなら、どれだけ遅延があろうと特には問題にはならないが、会話をするとなると若干問題になる。それがもし乗り物の操作とかになるともっと問題になるが、もしかすると一番問題になるのはお互いが遠隔地から操作する相手と対戦するボクシングゲームなどかもしれない。ちなみに卓球やテニスゲームは相手が打ったときのパラメーターだけ送信すれば、そのあとの球の軌道、打ち返すときの計算はこちら側でできるのでハードルは低いが、ボクシングは、もし、グローブに加速度センサーを付けて、体の動きもカメラなどで把握して、当たり判定、当たったときのフィードバックまで盛り込むと、かなりハードルが高いように思われる。

ちなみに、音楽の二重奏の練習は、ただ、相手の演奏に合わせて弾くだけなら、少々の遅延は大丈夫である。むしろ極端な話、お互いが10分前に録音した音源をメールで送って、再生しながら演奏しても一応は成り立つ訳だから。でも、それではもちろん、相手の変化に合わせて、こちらも対応し、さらに相手が、といった二重奏の醍醐味は無くなってしまうし、他にも問題はでてくる。また、他の多くの例でもそうだが、特にこの場合は映像と音声の同期が大事になる。合図しているのに弾き始めないとか、弾いている振りをしているのに音が出ないとかでは問題がある。

同期の問題(例えば映像と音声のズレ)は適当なバッファ(短期的にデータを保存しておいて、速度を合わせること)を取ることにより、ある程度は解消されるが、バッファを大きく取りすぎると遅延が大きくなりすぎることになる。つまり一般に、単方向の通信の場合はバッファを大きくとれば良く、双方向の場合は遅延と同期とが折衝する場所を見つけなければならない。

力覚・聴覚・視覚メディア伝送におけるメディア同期制御に関する研究

が分かりやすい。このレポートによると単方向の場合、遅延の標準偏差の倍程度のバッファを取れば良いようだ。双方向の場合はそれだけとると遅延が大きくなり過ぎ、グラフが判読し難いが、標準偏差程度が最適なのかもしれない。ただ、線形的でないだろうし、バッファの技術もいろいろあるだろうし、何よりも用途によっても変わってくるだろうので、その都度最適なバッファ量は考慮する必要がありそうだ。

つまり、バッファを使って同期をとる場合、遅延そのものだけでなく、その標準偏差(ばらつき度合い)も大事な要素になってくる訳である。そうすると、例え 地球の反対側と0.1秒で通信できるようになったとしても、コンスタントにその速度が出るかが重要である。ちなみに先のレポートの場合は0.1秒の遅延は双方向ではかなりのマイナスポイントとされている。というより、グラフの範囲の外である。

特に力覚(触覚)を双方向で扱う場合、遅延の問題は顕著になるのかもしれない。では、全く望みがないかと言えば、例えば、地球の裏側にある車をシミュレーターのようなものを使って操縦することを考えてみよう。もちろん超低速なら特に問題は起こらないが、ある程度の速度を出すとすると、あらかじめ現地の地形をスキャンしてインプットしておくと良いかもしれない。また、操縦による車の挙動(傾きなど)のフィードバックも現地の車のセンサーのデータを受信して反映するのではなく、操縦シミュレーター側で計算して、「この操作ならこの傾きのはずだ」という計算を用いれば良いかもしれない。ただ、現地とのズレが起こると困るのでそれは適宜修正を入れる必要が有る訳だが。また、シミュレータには組み込まれていないアクション、突然の路面変化や鹿の飛び出しなどへの対応は通信速度に依存する。ちなみに、これと似た技術は昔から、ネットワーク対戦ゲームで使われている。

低速インターネット向け通信アクションゲーム

にあるように「ゲーム世界を同一の空間座標系を有し,プレイヤー A の操作するキャラクタが属する世界 A とプレイヤー B の操作するキャラクタが属する世界 B に分ける.ゲーム機 A では世界 A をプレイヤー A の入力に即応して更新し,ゲーム機 B では世界 B をプレイヤー B の入力に即応して更新する.さらにゲーム機 A では世界 B の様子を遅れて再現し,ゲーム機 B では世界 A の様子を遅れて再現することで通信遅延を吸収する.」という仕組みである。ただ、ここでもその用途の向き不向きが示されているように、「補正の際に一旦プレイヤーに提示されたイベントなどが取り消されることもあるため,パズル性を伴うゲームを行うのには難がある.」などの問題が有る。

昔のネットワーク対戦ゲームはエアーコンバット(戦闘機対戦)ものが多かったのも納得出来る。機関砲は1発1発の当たり外れを評価しなくても、照準と距離を基に確率的に出せばよい訳だし、ミサイルは1発発射してしまえば、そのあとの軌道の計算は相手方の世界でしてもらえば、通信の負担から解放される。また、接触戦はかなり珍しく、ある程度の距離を保った状態で、連続的に少ない量だけ機体の位置は変位し、しかも急停車などは然程起こらないので、低速度回線での対戦ゲームには非常に向いていると言えるのだろう。

では、より遅延の少なさ、同期の精度が求められる用途では地球の裏側ではどうしようもないかというと、例えば「時差馴応」を応用することにより、若干の可能性が開けるのではという気がしている。

事前の経験に影響されるヒトの行動や知覚

が分かりやすい。しかもただ順応するという現象だけでなく、順応のモデルもある程度はっきりしているようだ。「こういったヒトの情報処理の特性を明らかにすることで、スポーツ選手の技能解明につながったり、将来的にはロボットの情報処理にも役立つのではないかと思います。」と書かれている通り、可能性はあると思う。ただ、この場合も遅延はもちろん、遅延の標準偏差を最小限にすることが必要不可欠と思われる。

個人的にはロボットの情報処理よりも、スポーツ選手の技能解明の方にむしろ興味が合ったりするのだが。(卓球もっと強くなりたいな・・・)

ちなみに同じ方が、野球でバッターがコースを決め打ちすることや、ピッチャーが外角でカウントを整えて内角勝負するといったことが合理的であることを示唆するレポートを書いていて非常に興味深い。

知覚-運動系におけるベイズ統合-ヒット率を最大化す るための脳の方略-

と言う訳で、テレプレゼンスの話が結局はスポーツに帰着した訳で、色々な話が繋がるのは面白いですね。


06:59 04月24日   [火]
21世紀の音楽を考えてみる

なんて大層なタイトルを付けてみたが、ここ数日なんとなく思っていることを纏めてみようというだけのことです(^^;

音楽の大きい理論として対位法和声法とがあり、どちらも音楽を体系的に理解する上で有用で、その2つを軸に中世以降の音楽は発展してきたと思います。一方で、当然のことながら拡張をいくら試みたところで、その2つで音楽をすべて理論化できる訳では無く、新しい理論が作られたり、またそれに組み込まれたりもしたようです。昨日の記事にも通じるのですが、音楽を理論化する上で問題を大きくしているものの1つは楽器による差異でしょう。20世紀以降はそれまでとはかなり異なる音楽も試みられ、新しい理論も打ち出されたり、理論が存在しないのではと思える音楽も登場しました。しかし、過去の理論が何故、一定の機能は果たしたが必ずしも満足いくものでは無かった(かもしれない)のかを考えずに、新しい理論を打ち出しても同じ道を辿ることになるでしょう。逆に、これまでの理論が大して機能していないと考える人がいて、それなら理論を無くしてしまえと、ただ既存の理論とは無関係なことをする為だけにアバンギャルド的なことをする人がいるとすれば、それは単に逃避と言えるでしょう。あるいは統計的にもし1/fのゆらぎが心地よいだろうということで、考えることを放棄して、1/fゆらぎが出るように乱数で音楽を作ってしまえ、という人がいたとしたも同様だと思います。

これまでの理論にある程度限界があった理由、今後クリアすべきであろう部分で思いついたものを書いてみます。

・楽器による差。
・平均律的音程と純正音程との差。
・インハーモニシティの問題。

他にもあるかと思いますが、すぐ思いつくもので、大きなものはいまのところ、この3つです。ただ、この3つは全然独立ではなく、絡み合っていると思います。

1つ目は、先にも少し触れたことですが、突き詰めると色々な要素があります。音色、音量、減衰、インハーモニシティ(3つ目と関連します)・・・と単語で挙げるのは容易ですが、さらには音域によってそれらの要素も変化する訳です。

中でも特に大きな問題は音色でしょう。音色は各倍音の成分によって決まり、それ自体が楽器の音の個性を特徴付けます。一方で、その楽器がどういう倍音の成分を持つかということは、どういう音程のどういった音色の音と組み合わせたときにどのような効果が得られるかということに直結します。つまり「音色」という要素は「それ自体の個性」と「他の音と組合わさったときの個性」の2つに大きく影響する訳です。この2つが独立でないということは結構大きな問題になり得ると思います。

次に大きな問題は倍音ではないかと思います。先ほど「音色」は「倍音」によって決まることを書きましたので、重複は避けて、倍音単独の問題を挙げてみます。倍音は2次、3次、4次、5次、6次、7次、8次の順にオクターブ、オクターブ+5度、2オクターブ、2オクターブ+3度、2オクターブ+5度、2オクターブ+約短7度、3オクターブとなります。くせ者は5次と7次で長3度&短7度が同時に聴こえるということです。つまり属7の和音と同じ構成で、その2つの間は減5度という響和しない音程なのです。基音〜4次までがはっきりしている音なら目立たないですが、例えば身近な楽器のピアノでも低音は基音が全くハッキリせず2倍音からという鍵盤もあります。楽器のFFTスペクトルでいくつかの楽器のデータを見られますが、注目はピアノです。コンサート用のピアノよりでも基音はほとんど見えませんが、より小さいピアノ、ハープ、琵琶などでは調べる必要はありますが、恐らくもっと顕著ではないかと思います。



そうすると単音でも長3和音の個性を持ち合わせたものと、属7の個性を持ち合わせたものの大きく2種類(もちろんその中間もありますが)存在することになります。このこと一つを取り上げても、楽器差、音域差を無視して体系化することの限界は明らかではないでしょうか。余談ですが、ブルースのように属7の和音を中心とした音楽はおそらく属7の個性を持ち合わせた音のでる楽器を用いていたであろうことと関係があるのではと思っています。ちなみに1200年以上前、天平時代の琵琶の楽譜と言われている「番假崇」の最初の重音も短7度です。



2つ目は例えば平均律の五度が2:3よりも少しずれているといったことです。それなら合わせれば良いではないかということなのですが、その試みは何百年もされてきて、未だ解決はされていません。理論的にはできるのでしょうが、楽器は弾きやすく、性能も良く無ければなりませんので。そもそも合わせる必要があるのかという問題もあります。それは知覚の問題とも絡んで来るようです。最初にそのことについて本格的に論じられたのは17世紀の数学者ピエトロ・メンゴリによるピエトロ・メンゴリの音程知覚論のようです。



これは微妙にずれた五度自体が個性をすでに持っているのではないか、ずれた音程に慣れている人にとって純正な音程はどういう風に聴こえるか、など検討が必要です。また3つ目を先取りすることになるのですが、インハーモニシティ(インハーモニシティについて)と呼ばれる、倍音が高次倍音になる程、整数倍の理論値よりも高くなるという現象です。つまり、基音がたとえ純正で合っていたとしても、倍音も合っているとは限らないということが起こるのです。これももちろん楽器差、音域差があります。



3つ目は先にもう説明してしまったインハーモニシティの問題です。説明が重複する部分は省きますが、実はこれが1つ目の問題の大きな要素だった「音色」に大きな影響を与えています。つまり、インハーモニシティが大きい音は基音と倍音が純正な音程よりもずれますので、聴いていて耳障りな音になります。もちろん、これを効果的に利用した音楽というのも考えられるでしょう。また、楽器によって、その音域によってインハーモニシティが異なりますので、2つの楽器がある音で響和(ハモって)いても、その2オクターブ上で同じように響和するとは限らない訳です。



もし新しい音楽を模索するのであれば、このような点(まだ他にもあると思いまず)を考え直した上で、さらには現在使われている楽器はどういう特徴のある楽器なのかといことも合わせて考えないと大きい成果は望めないのではないかと、ここ最近考えていました。


最後にその楽器のことを書きますと、ルネッサンスから19世紀までは100年も経てば楽器の様子は大きく変わっていたのに対して、ここ100年は大して大きい変化は見られません。バイオリンやギターのガット弦がスチールやポリマーになりましたが。では、現在の楽器が万能で完成形かというと決してそんなことは無いと思います。現代の楽器で古いレパートリーを演奏することを否定するつもりはないのですが、オリジナルや複製の楽器で演奏したときの方が効果的なことは多々あると思いますし、伝わる情報量も多いかもしれません。現代の楽器は万能というよりは平均的と言った方が良いのかもしれません。つまり限られた様式・体系の音楽にカスタマイズされた古い楽器よりも、守備範囲は広いが必ずしも深くは無いということです。多くのことを表現できるからといって、「何でも出来る」と錯覚して音楽を作ってしまうと、実は出来ないことも多々あるのです。そうとなると現代の楽器では、何が出来て、何が出来ないか、ということを考える必要も当然あるでしょう。もちろん、万能な楽器なんて存在しない訳ですし、例え存在しても操作出来ない訳ですし、もし存在したとしてもきっとそれは1つの楽器な訳で、楽器が1種類しか無い世界なんてつまらないですね。

などと、新しい音楽について否定的とも取られかねないことも書きましたが、一方でどのような新しい音楽が出てくるかは非常に楽しみですし、新作初演をするのは毎回大きな楽しみなのです。

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